Beads.Michel

【アクセサリー相談室】アクセサリー作りのお悩みご相談ください。

自己紹介

初めまして。
ビーズアクセサリー講師をしています
Beads.Michel(ビーズミシェル)
金田美里です。

ビーズアクセサリー講師歴は
15年程になります。

長い期間、いろいろなことがありました。
まずは、子どもの頃からの私のお話から
どうしてビーズアクセサリー講師になったのか
そんなお話をしたいと思います。

 

☆ハンドメイドを仕事にするなどとは
全く想像できない半生

 

私は、1歳10ヶ月違いの妹がいる
二人姉妹の長女として生まれました。

のんびりで、どこかぼ~っとしている子供で
何でも母が世話をやいてくれていましたから
手先の事は苦手…

「何をやらせてもだらしない」と
いつも母から、叱られ
不器用な子供として育ち

自分自身も私は不器用な人間なんだ
と思い、そのまま大人になりました。

 

☆アクセサリー作りに
目覚めたきっかけ

 

中学生、高校生の時も
ハンドメイドに特化したこともなく
編み物くらいは少しやってはみたものの
不器用だと思っていましたから
楽しいと思ったこともなく挫折

どちらかというと
お菓子作りの方にハマっていました。

就職は、子どもの頃から憧れていた
幼稚園の先生になりました。

結婚し、お仕事を変え
OLさんをしたこともありました。

この時には、まだまだ
ハンドメイドの世界とは無縁でした。

 

1997年、98年、
大切な家族を続けて亡くしました。

この悲しい家族との別れがあったからこそ
私は今、ビーズアクセサリー講師をしています。

 

その当時
今の私から想像できないでしょうが

家に閉じこもり
毎日泣いて
何をしていても涙が溢れ

青く澄んだ空を見上げても
涙が溢れ

生きている意味もわからない
時期がありました。

 

 

でも、ある日
こんな思いが、沸き上がります。

「何をしていても悲しいのなら
いっそのこと今までできなかったことを
してみよう!」と。

何とも変な考えが出てきました。
どうしてこんな考えになったのか
わかりません。

 

色々悩んだ末
あるデパートが母体となる
カルチャースクールの
彫金教室に入ることに決めました。

アクセサリーを自分で作るのは
不器用な私には、現実離れした夢のよう。

「そんなことが自分にできるのかしら?」
という思いもありました。

今まで出来なかったことをしてみよう!
という目的だったので
このくらいの思い切りが
必要だったのかもしれません。

 

 

いざ入会して見ると
とても居心地が良い教室で
自分でシルバーアクセサリーが作れる事も
とても嬉しいことでした♪

 

お仲間とランチをしたり
作品展や様々なブランドの
アクセサリーを見に行くことを
誘っていただいたり

世界が広がり始めました。

 

 

☆ビーズアクセサリーとの出会い

 

ちょうどその頃(2,000年)
ビーズブームが到来します。

自分もビーズに興味が湧き
東武カルチャースクールの
ビンテージビーズで作る
ビーズアクセサリー教室に入会しました。

 

彫金とは全く違いビーズは
初めてのレッスン
2時間ほどで
ネックレスとブレスレッドの
セットができました!

 

とってもシンプルなものでしたが
簡単に仕上がるのが
衝撃的で嬉しかったのを
覚えています。

ビーズがキラキラとしてきれいで
重いやすりなどの道具を使わなくても
編み方を変えるだけで
様々なデザインのネックレスが作れ

半年も立たないうちに
自分で流行のデザインのアクセサリーを
作る事が出来るようになりました。

 

手軽にできるから
家でビーズアクセサリーを作ることが
日常になり
アクセサリー作りに
どんどんハマり

そのおかげで、毎日を退屈に感じたり
むやみに落ち込んだりする時間も
無くなりました。

 

 

作ったアクセサリーを身に付けて行くと
お友達やビーズのお仲間に褒められ
日々にハリが出来ました。

ビーズアクセサリー作りに
出会ったことにより

私の人生は、悲しみに
押しつぶされることも無くなり

不器用な子は、どこに行ってしまったの?
というくらいアクセサリー作りに
興じるようになりました。

 

人と過ごすことが楽しくなり
おしゃれを気にしたり
お出かけする機会が増えました。

すぐに変わった訳ではないですが
少しずつ少しずつ自分が変わっていきました。

 

そして、人と人との出会いにより
導かれるように
ビーズアクセサリー講師になり

制作することに飽きることなく
今も講師を続けています。

Beads.Michel
(ビーズミシェル)
金田 美里

投稿日:12月 24, 2017 更新日:

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